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東京地方裁判所 平成3年(ワ)14170号 判決

本訴原告反訴被告(以下「原告」という。)

株式会社インターブランドジャパン

右代表者代表取締役

テレンス・オリバー

本訴原告(以下「原告」という。)

テレンス・オリバー

右両名訴訟代理人弁護士

小川正

本訴被告反訴原告(以下「被告」という。)

株式会社アイ・ビイ・アイ

右代表者代表取締役

シー・テイト・ラトクリフ

右訴訟代理人弁護士

田中齋治

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

原告インターブランドジャパンは被告に対し、一六五万三六一六円及びこれに対する平成三年五月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

被告の原告インターブランドジャパンに対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、本訴反訴を通じ全部原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  本訴

1  原告株式会社インターブランドジャパン(以下「原告会社」という。)と被告との間に、同原告の被告に対する訴外原田中道(以下「原田」という。)の退職金に関する求償債務のないことを確認する。

2  被告は原告テレンス・オリバー(以下「原告オリバー」という。)に対し、四五六万八〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴

原告会社は被告に対し、一九四万六七三六円及びこれに対する平成二年一一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  当事者関係

(一) 原告会社は、昭和五八年一〇月六日、ジョン・エム・マーフィー(以下「マーフィー」という。)、デイビット・アール・ウッド(以下「ウッド」という。)及び被告の関連会社である訴外株式会社コープラン(以下「コープラン」という。)の三者による合弁契約(以下「本件合弁契約」という。)に基づく出資によって設立され、商品名・商標・図形等の考案、企画等を目的とする会社である。

(二) 被告は、金融・経済に関する情報サービス等を目的とする会社である。

(三) 原告オリバー及び原田は、昭和五二年七月五日から同六二年三月三一日までの間、被告に雇用され、その間のコープラン設立準備中の昭和五八年一〇月一日から昭和六二年三月三一日まで原告会社に出向していた。

2  被告の原告オリバー及び原田に対する退職金支給規定の存在

被告の就業規則には、従業員の退職金につき、別に定める退職金規定により支給する旨定めており、これを受けた退職金規定には、従業員が退職する場合には、退職時の基本給と職務手当の合計額(計算対象給与額)に支給基準率を乗じた金額を退職金として支給することと定めており、支給基準率は、やむを得ない業務上の都合によって雇用契約が解除された場合には勤続年数が九年未満で八、一〇年未満で九となり、自己都合退職の場合には勤続年数が九年未満で四・七、一〇年未満で五・四と定められている(以下「本件退職金規定」という。)。

そして、同規定九条には、退職金の支給時期につき、退職金は退職日から原則として二週間以内に支給すると定めている。

3  被告の原田に対する退職金の支払

(一) 原田は被告に対し、昭和六三年六月、やむを得ない業務上の都合によって雇用契約を解除されたとして退職金請求訴訟を提起した(東京地方裁判所昭和六三年(ワ)第二七九一号退職金請求事件、以下「原田退職金訴訟」という。)ところ、東京地方裁判所は、平成二年一〇月二六日、自己都合退職であるとして、退職金四五六万八〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を命じる一部勝訴の判決をした。

(三)(ママ) そこで、被告は原田に対し、平成二年一一月五日、五三七万七七二四円(退職金四五六万八〇〇〇円、遅延損害金八〇万九七二四円)を支払った。

4  被告の原告インターブランドに対する原田の退職金支払の一部求償

(一) 本件合弁契約には、「コープラン、その子会社・関連会社から新会社に出向した従業員に支払われる退職金は、同人の元の会社および新会社における全勤務期間を考慮のうえ、新会社の退職金規定にしたがって計算される。この場合、コープラン、その子会社・関連会社と新会社は、退職する従業員が各会社に勤務した期間に比例して上記退職金の支払につき負担する」と定めている(以下「本件退職金負担条項」という。)。

(二) 被告は原告会社に対し、平成三年五月七日、原田が原告会社に出向するに際し、被告と原告会社との間で本件退職金負担条項と同一内容の合意をなしたとして、被告が原田に支払った前記退職金のうち、この合意に基づいた負担分として一九四万六七三六円の支払を求めている(以下「本件負担金支払請求」という。)。

二  争点

1  求償債務不存在確認請求と本件負担金支払請求について

(一) 被告の主張

前記第二の一の4の(二)のとおりの合意が成立している。

原告会社は、右合意は双方代理によってなされたからその効力がない旨主張するが、右合意については原告会社及び被告とも追認している。

本件負担金支払請求額一九四万六七三六円の計算根拠は、被告が原田に対し支払った退職金(含む遅延損害金)五三七万七七二四円に在職期間の比率三六・二〇パーセント(原告会社に出向した期間四二か月を被告に在職した期間一一六か月で除した割合)を乗ずると一九四万六七三六円(但し、円未満切捨て)となる。

(二) 原告会社の主張

仮に、右合意が成立したとしても、

(1) 原告会社と被告との当時の代表取締役はシー・テイト・ラトクリフであったので、右合意は双方代理によってなされたものであり、これについて追認がないから、その効力がない。

(2) 被告は原告会社に対し、平成元年七月七日、原告会社から一二一二万二五一九円の支払を受けて本件負担金支払請求権を放棄ないし免除した。

2  退職金請求について

(一) 原告オリバーの主張

(1) 原告オリバーの勤続年数は九年八月、計算対象給与額は八八万四〇〇〇円、自己都合退職であるから、本件退職金規定上、退職金額は四五六万八〇〇〇円となる。

(2) 原告オリバーは被告に対し、本件退職金の支払請求をすることは法的に不可能であって、これが可能となったのは原田退職金訴訟判決のなされた平成二年一〇月二六日になってからであった。

被告は、原田退職金訴訟において、退職金支払義務を否定したうえ、退職金は原告会社を退職するときに初めて原告会社と被告との通算勤務年数に応じて原告会社から退職金の支給を受けるとの合意をなしたと主張した。

右の主張は、原告オリバーと全く雇用経過が同じ原田に対してなされたものであるから、同原告に対して主張されたと評価できるところ、このような主張をして原告オリバーの請求権行使を妨げておきながら、雇用関係終了から二年以上経過しているとして消滅時効を主張することは信義則に違反する。

(二) 被告の主張

仮に、原告オリバーが被告に対し、本件退職金請求権を有するとしても、同原告と被告との雇用契約は昭和六二年三月三一日をもって終了したから、右退職金請求権は、これの行使が可能な同年四月一五日から二年間の経過した平成元年四月一四日をもって時効により消滅した。

原告オリバーは被告に対し、退職金支払請求訴訟を提起することが可能であったにもかかわらず、原田退職金訴訟の結果に只乗りして漁夫の利を占めることを企図していたのであるから、信義則違反を主張することはできない。

第三争点に対する判断

一  求償債務不存在確認請求及び本件負担金支払請求について

本件退職金負担条項は、被告の従業員が原告会社に出向して退職した場合の退職金支給につき、この計算方法、最終的な負担者及び割合を定めている。

被告代表者は、原告会社と被告との間で、原田と原告オリバーとが原告会社に出向するに際し、書面化されなかったが、口頭で、本件退職金負担条項と同内容の合意がなされた旨供述する。

そこで、検討するに、証拠(〈証拠略〉)によると、次の事実を認めることができる。

本件合弁契約締結当時、この締結者であるマーフィーはロンドンに本社のある株式会社インターブランド・グループ・ピーエルシーの会長、ウッドは同会社の米国子会社の社長の各地位にあり、コープランは、被告のいわゆる親会社で、代表取締役は被告の代表取締役でもあるシー・テイト・ラトクリフであった。原告会社設立時の株主は右三名で、持株比率は、マーフィーとウッドとは各二六パーセント、コープランは四八パーセントであった。そして、原告会社設立後の従業員については、人材の調達の容易であるコープランにおいて募集等の負担を負うこととされ、そこで、本件合弁契約二二条において、コープランが募集し、提供する責任があることが定められたのであり、同契約二三条において、原告会社の従業員がコープラン、この子会社及び関連会社の従業員の中から出向した場合には、この従業員の待遇につき、出向元と同等またはこれ以上の条件を確保することが定められ、同契約二四条において本件退職金負担条項が定められたのである。また、原告会社設立時の役員は七名であったが、代表取締役には被告の代表取締役であるシー・テイト・ラトクリフが就任し、他の取締役には、被告の代表取締役副社長鶴野史郎、被告の取締役ルディー、原告オリバー、原田、マーフィー、ウッドがそれぞれ就任した。そして、原告オリバーと原田とは、右約定に従い原告会社設立前の昭和五八年一〇月一日から原告会社設立準備業務に従事したのであるが、本件退職金負担条項の存在を知っており、右鶴野、ルディーも同様に知っていた。シー・テイト・ラトクリフは、本件退職金負担条項は、原告会社設立後、原告会社と被告とを律することとなることは当然のこととの認識を有しており、原告会社設立以降も、この点に関し、何人からも問題提起されることはなかった。そして、原告オリバーと原田とは、原告会社が設立された同月六日以降は原告会社の業務に実質上の責任者として従事し、昭和六三年三月三一日をもって被告を退職したのである。

以上の認定事実によると、本件退職金負担条項は、原告会社設立前の本件合弁契約において定められたものの、原告会社設立後代表取締役に就任した被告代表取締役シー・テイト・ラトクリフは、原告会社設立後は原告会社と被告との関係をも律することとなることは当然のことと認識していたというのであるし、原告会社の設立後取締役に就任したマーフィー、ウッドは、いずれも本件合弁契約の当事者であり、他に取締役に就任した鶴野ら取締役も本件退職金負担条項を知っていたというのである。

してみると、本件退職金負担条項は、原告会社と被告との全役員の間においても原告会社と被告とを律するとの認識であったものと推認され、原告会社設立後にあっては、原告会社と被告との間に本件退職金負担条項と同旨の合意が成立したものと認められる。

してみると、原告会社と被告との間には本件退職金負担条項と同内容の合意がなされたということができる。

原告会社は、右合意は原告会社と被告との双方の代表取締役を兼ねていたシー・テイト・ラトクリフによって締結された双方代理行為であり、これにつき追認がなされていないから、その効力がない旨主張する。

しかし、右認定事実によると、原告オリバー及び原田が原告会社に出向した後も右合意につき原告会社及び被告のいずれからも問題提起されたことはなかったというのであるから、右合意につき原告会社及び被告のいずれも追認をしたものと推認することができる。

したがって、この点に関する原告会社の主張は理由がない。

次に、原告会社は、本件負担金支払請求権を放棄ないし免除した旨主張する。

原告オリバーは、右主張に沿った供述をする。

なるほど、(証拠略)(領収書)には、被告及びコープランは原告会社及びインター・ブランド・グループ・ピーエルシーに対し今後要求するものは一切ない旨記載されているが、被告代表者の供述によると、(証拠略)(契約書)によって原告会社及びインター・ブランド・グループ・ピーエルシーが被告に対し約した貸金等の債務の支払に対してなされた領収書であって、原田に対する退職金に関しては含まれていなかったことが認められるのであって、原告オリバーの右供述は、にわかには信用することができず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、この点に関する原告会社の主張は理由がない。

そこで、本件負担金支払請求額について検討する。

原田の被告及び原告会社における在職期間は一一六か月であるから、これから被告における在職期間七四か月を差し引いた四二か月を右一一六か月で除した三六・二〇パーセントが在職期間の比率となる。したがって、右比率に被告の原田に支払った遅延損害金を控除した退職金四五六万八〇〇〇円を乗じた一六五万三六一六円が本件負担金支払請求額となる。

被告は、原田に支払った遅延損害金をも本件負担金支払請求額として請求しているが、この遅延損害金は被告の不履行責任によって発生したのであるから、本件負担金請求額に含めることは相当でなく、また、本件負担金につき、被告が原田に退職金を支払った日である平成二年一一月五日からの遅延損害金の支払を求めているが、同日がこの支払期日であることにつき何ら主張・立証していないのであるから、被告が原告会社にこの支払請求をした平成三年五月七日から遅滞となるので、同日以前の請求分は理由がない。

二  退職金請求について

原告オリバーの勤続年数は九年八か月、計算対象給与額は八八万四〇〇〇円であるから、本件退職金規定上自己都合退職としての退職金額は四五六万八〇〇〇円(一〇〇〇円未満切り上げ)となる(計算式四・七+(五・四-四・七)×八÷一二=五・一六七、八八万四〇〇〇円×五・一六七=四五六万八〇〇〇円)。

したがって、原告オリバーは原告に対し、退職金として四五六万八〇〇〇円の支払を求めることができた。

そこで、時効の抗弁について検討する。

被告を退職した者の被告に対する退職金は、退職日から原則として二週間以内に支給を受けることができたから、原告オリバーは被告に対し、本件退職金の支払を雇用契約終了日である昭和六二年三月三一日から二週間の経過した同年四月一五日に求めることができた。

しかるに、証拠(〈証拠略〉)によると、被告は、原告オリバーが被告を退職した後同原告からの退職金支給に関する問い合わせに対し、昭和六二年一二月二一日付このころ到達の書面をもって、原告会社に出向した期間を除いた在職期間中の退職金として二九一万円を支払う旨の通知をしたが、これに対し同原告は、同月二六日付の書面をもって、退職の事実はないこと、仮に退職したというのであれば業務上の都合による退職金を請求する旨の回答をしたものの、これ以降は原田退職金訴訟の帰趨を見守っていただけであることを認めることができる。そして、同原告は、右同日から二年間の経過した平成元年四月一四日までの間に時効の中断事由について何ら主張・立証していない。

したがって、本件退職金請求権は同日をもって時効により消滅したこととなる。

原告オリバーは、本件退職金支払請求は法的に不可能であった旨主張するが、仮に同原告の主張するとおりであったとしても、このことは主観的な事情に過ぎず、法的に不可能であるなどとは到底いえないから、この点に関する同原告の主張は理由がない。

また、原告オリバーは、被告が時効の援用をすることは信義則に反する旨主張するが、この点も同原告の独自の見解であって、理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 林豊)

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